
関連ツイート
追加した覚えのない馬がいる https://t.co/zZ4yi9Lvwj
— ジャック・オ・蘭たん (@puchohenzaa) May 17, 2020
馬のお産経験は何回もあるので眠さには馴れてますよ!!
— ミユビ (@i9bdFWsMXsgrvhx) May 17, 2020
ヴィクトリアマイルのパドックを復習しました。
一晩寝て落ち着いてパドック改めて見ると、上位に来た馬達はやはり重心位置が良い。
重心位置が良く見えたのは7,12,13,1618番は休んで疲れ取れば更なる進化有るかもしれないですね。
— パドックより風の便り (@cXxpYL20lzlGzI4) May 17, 2020
ヴィクトリアマイル🏇
彼女はやっぱり名馬✨
馬券は返還のおかげで少しプラス笑アーモンドアイを負かす馬は?
なんてことを考える時点で答えは出ている。考えなきゃ、探さなきゃ見つからない程度の負かす可能性のある馬なんて自らの予想が作り出した幻に過ぎない…
そんなレースでしたね😅 pic.twitter.com/TCOl9veq5G
— ふるぶるぅむ🐴 (@fullbloom0311) May 17, 2020
ふっと『BLのようだな』と思うんですが、その時代にその言葉はなかったんでしょうから、わたしがそう思ったということだと思うんですが。祝左右馬になっていたわたしには窓の外に見える庭に落ちた栗の実が気になっていて。それで相手に『ねー、落ちてるあの栗の実、僕が拾ってもいーい?』と訊ねて。
— 満紀澪(旧:弥生宝子) (@mitukinoomotya) May 17, 2020
そこで思考を大転換なのだ。「軽薄」も「無駄」もマイナスと捉えない方法もあるのだ! 紅の豚だって「軽薄な赤」をトレードカラーにしているし、荘子の内篇でも「無駄無用のものだからこそ生き残ることができる」と語られているのだ。人間万事塞翁が馬で、何がどのように作用するかはわからないのだ
— 真里谷 (@mariyatsu) May 17, 2020
作品の性質を作家個人のパーソナルに求めてしまうというのは安易だし誤謬にハマりやすくはあるんだが、銀の匙とじゃじゃ馬グルーミンUPの両親の描かれ方は安直に「作家の性別の違い」を見てしまいたくなる。ダメ?
— あでのい@17歳女子高生 (@adenoi_today) February 6, 2016
響きは素晴らしいですよね。でも、ちょっと詐欺ったかな。実は今年はキャッツアイの新馬2着と未勝利勝ちだけなんです。一口初年度で、もともと出資馬も少ないですし。現2歳はけっこう手を出してるので、一気に楽しみが増えるんですけどね。
— まっつ (@202takeo) May 17, 2020
今日は久しぶりに丸一日遊んでしまった。ちょっと冒険というか悪さもしてきた😁乗馬牧場の馬が退屈だったらしく、人の姿を見たら飛び出してきた。一人ぼっちで厩舎にいるのはさみしいよね。仲間と走りたいんだろうな… pic.twitter.com/Y6CpDA6yfd
— Tomoko Nakamura (@dosine2010) May 17, 2020
じゃじゃ馬ではお母さんがステロタイプ気味な描かれ方で、銀の匙ではお父さんがステロタイプ的な描かれ方されてるのは、なんか作者の男女差にサクッと理由を求めてしまいたくなる魔力がある。
— あでのい@17歳女子高生 (@adenoi_today) December 5, 2015
作風を作者の性別に帰する批評は避けておいた方が安全だよなー、とは普段から思っているが(作者の男女より、読者を男女どちらに向けるかの方がファクターがデカい)、「じゃじゃ馬」と「銀の匙」の両親の描き方の違いには毎回作者の男女差で考えてしまう自分がいる。
— あでのい@17歳女子高生 (@adenoi_today) September 19, 2016